世界の学校
こんにち小学校、中学校、高校および大学は、教育がおこなわれる順序や段階をあらわすものになっているが、歴史的には、それぞれがちがった社会階級のための《学校》としてべつべつに生まれた。最初にできたのは大学(中世)で、これは医師や弁護士、僧侶といった専門職を養成するための、庶民(貴族ではない)むけの一種の専門学校であった。ルネサンス以降、人文主義の普及とともに、古典語の学習をとおして人格の形成をめざす古典語学校が社会の指導者層を育成するためにつくられるようになる。(現在もあるイギリスのグラマー・スクール、フランスのリセ、ドイツのギムナジウムなどは、いずれもこうした古典語学校として誕生した。)人文主義の教育が大学にも浸透するにいたって大学教育が専門的な職業教育から貴族的な教養を授けるものに変わることで、社会のエリート階級の養成は大学にうつり、古典語学校はそうした大学のための準備学校に変わってゆく。これが中・高校の起源である。また小学校は、最初から一般の庶民、とりわけ農民にたいして国家が教化や統制をおこなうための手段としてつくった、純然たる庶民むけの学校だった。むろん貴族や富裕市民(ブルジョワ)の子どもたちは最初から古典語学校に入るのであって、小学校を終えてからそこへ進学するわけではなかった。小学校は袋小路のようなもので、上級の学校には通じていなかった。つまり庶民の子どもと貴族あるいはブルジョワの子どもが受ける教育は、はじめからまったく別のコースをとったのである。このように西欧では学校は元来、社会の階級構造を色濃く反映するものとして生まれた。あるいは階級を再生産する仕組みとして存在した、と言えるかもしれない。
そして以下に見るように、それはもはや《階級》が存在しない今日でもなお、学校制度のなかに名残りをとどめている。その点で、日本はちがう行き方をとったと言える。階級を否定する方向に教育を敷いたのである。たとえば日本では、どんな社会階層の子どももみんな同じ学校へゆく。(もっともこれは日本に西欧のような明瞭な「階層」が存在しないためかも知れない。また日本のばあい、制度としての学校は伝統的な階級社会の産物ではなく、はじめから国民すべてにたいして開かれた、一律で平等な教育の手段として生まれたという事情がある。日本では明治維新の時期に学校が生まれた。学校制度が誕生するのが封建的な階級社会から近代的な市民社会への移行期と重なったのである。)
つまり、将来どんな職業につくかに関係なしに教育がおこなわれる。けれども西欧では職業ごとに(それゆえ社会階層ごとに)ゆくべき学校がきまっているのである。だから日本のようにキチガイじみた受験戦争は存在しない。以下では日本における教育の特殊事情がいわば《裏返しに》透けてみえるよう、欧米の学校制度をかんたんに眺めてみよう。
(1)イギリス
ヨーロッパにおける「複線型」の学校制度のいわば代表格がイギリスである。イギリスでは子どもが小学校を卒業するさいに「イレブン・プラス」という試験をおこない、中学校の段階で一種の《振り分け》を実施してきた。成績上位者は大学への進学を前提とした公立のグラマー・スクール、あるいは私立のパブリック・スクールへすすみ、それ以外の者はモダン・スクールに進学して卒業後、職業につくのである。とりわけパブリック・スクールは旧い歴史をもつ名門の寄宿制私立高校で、伝統的に支配(紳士)階級の教育をおこなってきた。その前身は近世のいわゆる「古典語学校」であり、グラマー・スクールの名称もこれに由来している。だが近年、子どもの将来を11歳という早い段階できめてしまうのは好ましくない、という反省から「イレブン・プラス」は多くの地方で廃止され、また政府の施策によって在来の中学校は急速にコンプリヘンシブ・スクール(総合制学校)に一本化されて、子どもがゆっくりと自分の進路を選択できるようになってきている。とくに早い年齢段階では子どもの知的な能力は家庭環境の影響に大きく左右されるから、低い社会階層の出身者にとっては不公平になるし、社会階層がそれによって固定化するおそれがあるからだ。それでもイギリスにおける大学への進学率は低く、いわゆる進学校の生徒でも約半数は卒業後、すぐに就職する。それは第一に、ただ大学を出たというだけでは社会的な評価がえられないからである。またイギリスの義務教育は中等学校終了時までだが、この段階までに生徒たちはどんな職業をえらぶかに応じて、かなり専門化した勉強をすることになる。それというのも生徒たちは中等学校を終了する時点で《Oレベル》と呼ばれる国家試験を受け、とくに大学への進学を希望する生徒はさらに二年間「第六学年級」という課程に進んで、より程度の高い《Aレベル》と呼ばれる国家試験を受けるからである。どちらも数学・経済学・歴史・地理・英文学… などさまざまの科目ごとの検定試験であって、とりわけAレベルは学生がせいぜい一度に二三科目しか取得できないほど内容が高度だが、それに合格すれば、大学入学や就職のさいに資格や能力証明として利用される。(したがってイギリスでは大学入試はなく、これら二種の国家試験について各々の大学が要求するものを取得することが入学資格となる。この国家試験を多くの科目にわたってパスするのは当然むずかしく、大学にすすむのは比較的少数の者にかぎられる。ただしこの資格試験は一生涯にわたり受験でき、一旦取得すれば資格としてながく有効性をもつし、雇用条件に直接はね返ってくるので、年月をかけて増やすことができる。イギリスでは実社会に出てからも教育をうける機会がさまざまの形で保証されている。働きながら学ぶことができるのである。)当然名門大学といえばオクスブリッジだが、たんにそれらの有名大学を出たからといって、高い社会的な評価が得られるわけではない。取得した国家試験や大学がおたがいに管理しあう、厳正な卒業試験の成績が問題になってくるからである。(このためにイギリスでは、日本のばあいのような著しい大学間の格差や「ランクづけ」はあまり問題にならない。)
(2)ドイツ
ヨーロッパにおける「複線型」の教育制度のもう一つの代表格がドイツである。イギリスと同様にドイツでも、グルント・シューレと呼ばれる初等学校を終えた段階で、子どもたちは職業別にそれぞれべつの中等学校へ振り分けられる。一つはギムナジウムと呼ばれる九年制の高等学校だが、これは大学への進学者のための古典的な学芸(文法)学校である。ギムナジウムに進んだ学生は「アビトゥア」とよばれるギムナジウムの修了および大学の入学資格試験に合格して大学に入学する。(後述するフランスの資格試験の場合とちがい、アビトゥアは国家試験ではなく、各ギムナジウムが個別におこなうものである。もちろんギムナジウム間で調整をおこなって、どの学校でもアビトゥアが一定の水準をたもつようにしている。この試験はギムナジウムの卒業生が全員合格できるものではなく、また挑戦できるのは二回までだ。)ドイツの大学には格差は存在しないから、どこでも希望する大学を選ぶことができる。もちろん入学のための試験はない。もう一つはレアール・シューレと呼ばれる理工化系の学校で、こんにちエンジニアと呼ばれる職種に進む者がゆく。ドイツでは工学系の学科は技術大学としていわゆる総合大学とは別立てになっていて、日本のような工学部は存在しない。いわゆる総合大学は旧い伝統に則って学問研究や学究者の養成を中心にしている。理工系を専門にしようとする学生はこのレアール・シューレへ進む。さいごの一つはハウプト・シューレと呼ばれる中学校で、この学校の卒業者は職人、見習い工として就職し、働きながら一週間の約半分をそれぞれ職種別の職業学校へかよって数年間、職業教育をうける。(もちろん雇用者には青年を週に最低二日は学校にかよわせる義務が負わされている。)そしてこの職業学校を卒業する時点で終了試験を受けて《徒弟》となり、正式に職場に雇用されて、《親方》の資格をめざすのである。つまりこの学校は、中世のギルドで名高い、伝統的な「徒弟制度」を現代に生かしたものであって、親方になれば、いわゆる学歴がなくとも安定した収入を得ることができるし、社会的な尊敬も受ける。だから大学を出ていないことに「引け目」を感じることはなく、それゆえ、大学やギムナジウムに一般市民の子弟が殺到するという事態はドイツでは生じない。(大学が入学試験によって選抜をおこなう必要がないのはこのためである。)多くの子どもは義務教育年限が終わる、中等学校卒業の段階で就職する道をえらぶ。経済的に自立することができるからである。日本のようなキチガイじみた受験戦争が生じないもう一つの理由は、大学が伝統に忠実にあくまでも学問研究の場であり、学究者の養成を中心にしていて、たんに大学を出ただけでは何の資格も能力証明も手に入れられないことにある。イギリス同様にドイツでは大学間に実質的な差は存在しない。さらにドイツの大学には「単位」というものがない。大学には卒業がないのである。何年でもいられるが、その代わり何の保証も得られない。専門的な資格についての国家試験をパスして大学を去るか、教授に認められるよう努力して学位を取り、研究者になる道をえらぶかのいずれかである。このようにドイツでは伝統的な社会階層ごとに選択する学校の種類が中等学校段階でちがってくる。大学に進む者は少数にすぎない。上にあげた三種類の中等学校のいずれに進むかは小学校での成績、教師の助言、両親の意見などによってきめられる(昔はイギリス同様、振り分け試験があった。)が、近年ではイギリスとおなじように、10歳というひじょうに早い段階で子どもの将来の進路をきめてしまうのは好ましくない、という批判が出され、普通教育と職業教育をあわせておこなう一種の総合制学校(ゲザムト・シューレ)がつくられはじめた。また従来の三種類の中等学校でも最初の二年間を「オリエンテーション期間」として、どの学校にも共通する授業内容を教え、この期間中に自由に進路変更ができるような措置をとっている。だがこうした政治的施策は成功していない。社会階層ごとに別の教育コースをあゆむという伝統的な考え方が一部で崩れてきているが、総合制学校の普及率はイギリスのそれよりはるかに悪い。
日本では将来さまざまの職業につく子どもたちが皆おなじ学校へゆく。教育の「機会均等」が完全に実現されているが、子どもたちは一直線に並ばされ、学力という単一の尺度によって序列化される。逆説的にも「平等」が「差別」を生んでいるのだ。その点ドイツのハウプト・シューレは日本の商・農・工業高校とはまったくちがう。約七割もの青年が「中卒」で就職してゆくが、最初から専門の職業へむけて別の教育コースをあゆむことでかれらには卑屈さはない。複数の進路は、子どもたちに能力に見合った多様な人生選択のチャンスをあたえることができるのである。ドイツにおいて総合制学校による教育の一本化、均等化のこころみが不首尾におわっている理由はここにある。
(3)フランス
フランスの教育制度は、国家の管理のもとで中央集権的に統一されている。社会階層あるいは職種によって進級する中等学校が枝分かれしてはいない。フランスの中学校はコレージュとよばれる四年制の学校で、五年制の小学校を出た子どもはすべて入学する。フランスのばあい義務教育年限は日本でいうと高校一年まであり、コレージュを卒業した生徒はすべて進学する。この段階で、「バカロレア」とよばれる大学への入学資格を認める国家試験に合格して大学へすすむための準備学校であるリセ、職業資格のための免状を取る職業リセ、そして職業教育をあたえる見習い技能者養成センターの三つに道が分かれる。大学を出たからといってエリートと見なされるわけではなく、フランスにおいては各大学(すべて国立)の他に「グランゼコール」と総称される一群のスーパー大学があって、この出身者が高級官僚や政財界の枢要なポストを占める学歴社会現象を生んでいる。大学のばあいバカロレアに合格すればどこでも希望する大学へ入学できるが、「グランゼコール」では激烈な受験競争が生じている。フランスでは近年、大学への進学者が激増し、就職難までひきおこしている。
(4)アメリカ
戦後、あらたに民主国家として出発するさい、日本は占領国アメリカの教育制度を導入した。6・3・3制や教育委員会制度、教育の地方分権化などはみな合衆国の制度を模倣したものである。日本はその後、方針を転換して学校制度の国家管理をつよめたが、アメリカでは徹底した教育の地方自治がつづいている。(もっとも地方自治は教育だけの特徴ではなく、ドイツとおなじく連邦国家であるがゆえにすべての面でいえる。)学校制度も各州ごとにちがうが、そうした地方分権は、町ごとに住民が教師を雇って学校を作った植民地時代からの伝統である。(アメリカでは市町村の住民が投票で教育委員を選び、学校の管理運営のすべてを委任する。教育経費も住民の負担である。学校は「おかみ」があたえるものでなく、自分たちで作るものなのだ。)ヨーロッパとちがい、社会の階級分化がはじめから存在しないアメリカでは、学校系統は日本とおなじく完全に一本化された「単線型」であり、中学校段階では職業訓練はおこなわない。高等教育の普及、つまり大学への進学率の増加の点でもアメリカは日本の先を走っている。ヨーロッパとちがって多くの若者が大学に進学するために、たくさんの大学があり、また大学間の格差も大きくなっている。つまり大学の大衆化がすすんでいるのだ。
ただし日本とちがうのは、大学の入学にさいしては選抜試験がおこなわれないことで、名門私立の総合大学では高校の成績やSAT(学力適性試験)によって選抜がおこなわれるが、多くの公立大学(州立の大学やいわゆるコミュニティ・カレジ)では無試験で入学できる。そのかわり入学後の評価は厳しく、学力のおよばない者は退学や落第を余儀なくされ、より程度の低い他大学へ転学する。競争は入学前ではなく入学した後で始まるのである。アメリカの大学の教育の中心は教養教育であり、専門教育はむしろ大学院でおこなわれる。アメリカでは日本とちがい大学を出るだけでは何の意味もない。むしろ学位や資格の取得によって能力証明を手に入れねばならないし、また実社会で自己の能力そのものがたえず問われる。だから、一旦社会に出た人間が資格を取るためにふたたび大学に戻ることが普通におこなわれているし、また大学のほうでもカリキュラムを頻繁に検討しなおして実社会の要求に合わせる努力を怠らない。この点、アメリカは学歴主義ではなく、むしろ実力(能力)主義の社会だと言えるだろう。